2008年09月27日

8月20日(土)

今日の劇場塾「戯曲を読み解く講座」がはじまりました。
第1回と第2回の講師は関西の劇団「太陽族」主宰の岩崎正裕氏です。
先生が題材にするチェーホフは「若い頃はちっとも馴染まなかった」そうですが、「年齢と共に印象が変わってきている」と語り、戯曲を“書く”と言う視点から味わうことで研究者とは違った視点を持って見ることができるのでは・・・という話から講座は始まりました。

まず講座に来られているみなさんに「なぜこの講座に来たのか」を自己紹介と合わせて話して欲しいとのことでお一人ずつ名前と簡単な応募理由の紹介がありました。
「古典の読み方が知りたい」
「戯曲の書き方を学びたい」
「芝居のヒントになれば」
などなどみなさんそれぞれの理由がありますが、ほとんどの方が
「チェーホフって良くわからない」
と言っていました。

次に講座で使うテキストについてのお話がありました。
先生が準備されたのが新潮社版の『かもめ』です。神西清氏という方の翻訳でこの本が現在一番手に入りやすいそうです。
ですが、先生が思った以上にみなさんが違う翻訳・出版社のテキストを持っていたので先生がそれぞれの訳に興味を持たれていました。特に興味を引かれていたのはシェイクスピアの訳で有名な小田島雄志氏訳の本です。
岩崎先生は
「小田島氏はロシア語は畑違いなのでは?英語で書かれた“かもめ”から日本語訳を書かれたのでは?」
と言われてました。
翻訳は訳者によって読んだ印象がかなり違ってくるそうです。
「かもめ」にしても英語では「SEAGULL(シーガル)」となることから、それだけでも印象がだいぶ変わってしまうとの話がありました。
もちろん話の根幹は変わらないとのですが、ロシアとイギリスと日本では文化でもだいぶ違いがあるのでロシア語を英語に訳したものをさらに日本語に訳すと言うのはその分違った印象になる、と話されてました。

画像:8月20日(土)講座風景皆さん、熱心に聞き入っています。

その後は「かもめ」を書いたチェーホフについてのお話と彼が生きた時代について。
彼が「かもめ」を書いたのは35歳〜36歳で初演は大失敗に終わったそうです。
もっとも彼は自分の意図が演出家や役者に伝わっていなかったので公演が失敗するだろうとは覚悟していた部分もあり、そのことを書いた手紙も残っています。
ただしそれでも初演が失敗した直後はよほど悔しかったらしく同じく手紙に「仮に後700年生きたとしてももう戯曲は書かない!」とも残しているそうです。

そんなチェーホフの時代の演劇は「近代演劇」と呼ばれておりこれは戦前あたりまでを指すようで、それ以降は「現代演劇」のくくりになります。
そして彼らの時代より以前で、日本に馴染み深い劇作家にシェイクスピアがいます。このシェイクスピアの時代の演劇とチェーホフの時代の演劇には以下の違いがあるそうです。

〔シェイクスピアの時代の演劇〕
・場面や時間軸がコロコロと変わる。
・ロミオとジュリエットで言うと、ジュリエットのバルコニーから街の外の場面になったり墓のシーンになったりと展開に動きがある。
・決闘シーンなどアクションがある。
・もともとこの時代の古典は屋根のない劇場で昼間に行われていたことが多く、舞台装置や設定をせりふで表現することが多かった(夜のシーンでも昼間上演されたので)・・・など。

これに対し近代に入り、照明が舞台装置に入りだした。
〔チェーホフの時代の演劇(近代劇)〕
・一幕毎に一つの場所、一つの時間を表現していて、時間や場所を移動しない。
・定点観測のように一つのシーンを追うことが特徴的
・重要な事件(誰かが死ぬ、怪我をする、傷つける)などは舞台の外で行われ観客にはせりふなどで説明される事が多い。
・チェーホフはこの“近代演劇の基本”にはとても忠実で、後にある演出家が死体を舞台に運び込んだ演出をした際には激怒した、とも言われている。

そんな共通点のない二者だが実は『かもめ』に関しては意外な共通点がありました。それは『かもめ』と『ハムレット』は人物配置が同じだと先生は言われます。

トレープレフ=ハムレット
アルカージナ=ガートルード
トリゴーリン=クローディアス
ニーナ   =オフィーリア

この構造を使うことはチェーホフ自身が一幕のせりふで宣言していると言います。
その部分をテキストを見ながら聞きますと、劇中劇の幕開き前にトレープレフとアルカージナが交わす言葉はそのまま「ハムレット」からの引用なのです。
この作品の謎とされている終幕のトレープレフの死もこのハムレットの構造を引用しているとすると説明がつく、と先生は考えていらっしゃるようです。
シェイクスピアにしてもその戯曲は元々地方などに伝わる物語などを引用し、書き下ろしたものなのでチェーホフがシェイクスピアを引用することに対しても何の不思議も問題もないそうです。

『かもめ』が喜劇と書かれていることについてのお話もありました。
どんなドラマでも別の視点から見ると喜劇に見えるとの考えがあり、「喜劇」という言葉もそんな人間の滑稽さを表しているそうです。そしてこの話が最も喜劇らしいのは、そもそも登場人物は10人しかいないのに恋愛の筋が複数あり常に誰かが誰かと恋に落ちたり振られたりするところだそうです。
人は集団でいると隙あらば恋愛する、と言うことをチェーホフは冷めた視点で見ているとも言えます。

この後、日本の現代演劇史の話をしたあと、いよいよ実践。
まず「せりふを書くレッスン」から。
せりふと言うのは対話であるが文字に書いた時点で文学にもなる。映画の字幕も同じ事でしかも字数が決まっているため戯曲と違って逐語訳ができない。
と言う前置きがあった上で映画の字幕をつけてみる練習問題。
まず一つのシーンと登場人物の提示。
そしてその中に出てくる「Good Evening」と言う台詞をその場の雰囲気にあった言葉に訳すこと、と言う課題が出ました。
一言ですがその場の状況にあった言葉と言うのはなかなか思いつかず、難しいなと思いました。
参加者の方々はさすがにその場の状況に合わせた言葉を当てはめられていて、感心します。
その後もう二つ練習問題がありました。
一つは「丁寧でたくさんの語彙を使った台詞を出来るだけ簡略化してわかるようにする」という問題。
もう一つは「ある状況を男女各4つずつの台詞という条件で、状況がきちんとわかるようにせりふを書く」と言う問題でした。
状況をせりふだけで説明するのはとても大変なのだとよくわかりました。
状況を説明するためのせりふをどこに配置すれば物語がわかりやすいのか、チェーホフが考えていることも考えながら読んでいこうということで、『かもめ』を声に出してリーディングする事になりました。

画像:8月20日(土)講座風景それぞれのテキストで読み進めます。

新潮社版のテキストで統一して読む予定にしていたようですが、岩崎先生が「それぞれの訳の違いがわかるとなおさら面白い」と言うことで、みなさんが持ち寄った本でそのまま読んでいくことになりました。
訳が変わると台詞まわしや印象も変わり、読み進めるのにみなさん少し苦労されていましたが、その代わりに訳が変わることによる面白さなどもわかることができたような気がします。
トレープレフの劇中劇のせりふまで、で今回は時間となりました。
次回もリーディングをしながら読み進めていくそうです。先生からは、余裕があったらチェーホフの他の作品を読んでみる事を薦められ、今回の講座は終了となりました。

Posted by mt_master at 2008年09月27日 10:39