2008年08月02日 16:31
踊りの楽しみを味わう。
進行/中村恩恵
2008年8月2日(土)ビデオ作品鑑賞会@大手町練習場
北九州で公演が行われたNoism07が踊る中村恩恵の作品"Waltz"を鑑賞します。作品の解説と共に、実際に作品内で行われていたワンシーンを体験してみます。
わっしょい百万夏まつり(8月2日~3日)が開催されており、小倉の街は人が多く、とても賑やか。
本日は大手町練習場にて中村さんの作品の鑑賞と解説を受けます。
"Waltz"は神話を基にした題材で、昔は完全だった人間が、男と女に分かれてお互い不完全なものになってしまう。そのことは、男と女、精神と肉体、光と闇、全体と個人、という全て対比できるものとして考えられ、その対比(男女)がワルツを踊ることによって完全な存在に戻る。
舞台が始まると男性が一人で喋っている。
男女が現れる。始めは静の動きで言葉の対比を表現し、その表現者が男女ということではっきりと際立ったものになっている。喋っている男性は舞台上を傍観者のように動き、少し冷めた目で見ているのが印象的。対の関係という点でものを見るのであれば、舞台の表現者を動と考えるなら、観客である私たちも静という対なのではないかと錯覚してしまいました。
照明も効果的に使われており、流れが少し切り替わるところもつながりを持たせ、落ち着いたトーンでした。舞台はとても淡々としているのだけど、対比を表現していたはずが、いつの間にか同じ動きをしていたり、全くつながりのないことをしていたり、秩序的なものから無秩序へ。
人間がそういったものではないかと思い始めました。生まれたときは真似から始まるのだけど、時が立つにつれ、自分の考えを持ち、時には反抗したり、周りと同じようにしたいと思っていても出来なくて、でも同じようにできなくても自分というものを表現できるようになる。個々の表現=自分の世界観を持っていても全体(人と人)とのつながりは切ることができず、それが秩序のある世界、ということになるのではないかと。
ひとつぶの砂の中に世界をのぞき
ひともとの野辺の花にも天国を見る
手のひらには無限を握りしめ
そして、ひとときの中に永遠を
(ウィリアム・ブレイク『無垢の兆し』より)
この詩が"Waltz"で表現されているということを聞いてから改めて作品を見ると、このような考えが生まれてきました。作り手の方の話を聞ける、ということがほとんどないので、その思いを聞くとまた違った見方が出来るようです。
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少し休憩を取ってから身体を動かしました!
ストレッチを行い、『人のコピー』。
右の人の動きをそっくりそのまま真似していく。伝言ゲームに似ています。
右の人の真似をします。少し違ってきています。 一周して戻ってきたとき、違うポーズになっていました・・。 真似をするのも難しい!
ビデオ作品鑑賞会はここで終了。
18:30からワークショップが始まります。