北九州芸術劇場が毎年実施している、演劇に関する講座「劇場塾」2007年版サイト。戯曲講座や俳優講座などを実施。
今年度の戯曲講座の講師は「こふく劇場」の永山智行氏です。選考により合格した受講生10名のうち、この日は男性4名・女性4名の計8名が北九州芸術劇場のセミナールームに集まりました。まず講師自身から挨拶があり、この講座を通じて戯曲を１本書き上げることを目標に進めていきましょうということでした。また、この講座ではご自分のスタイルを皆さんにお伝えしていくので、それが受講生の皆さんのスタイルにあうかどうかは別として、自分だったらどうするかということを考えて書いて欲しいともおっしゃっています。
その後、受講生からの自己紹介もそこそこに、稽古場へ移動。動きやすい服装に着替えた受講生のみなさんに永山氏から色々な指示が出ます。その指示のもとに全員で手を繋いでアルファベットのAを人文字でつくったり、名前のあいうえお順に一列に並んだり。
←誰がどこのポジションにいく？
この際、受講生たちはお互いの名前を確認しあったりするので緊張感をほぐすウォーミングアップのような雰囲気となります。その後も次々に永山氏から指示が出て、それに応えていくうちにそれぞれの受講生達のキャラクターが見えてきます。
←なかなか人の鼻をつまむ事もないので。
このように受講生はお互いに言葉の力をほとんど借りないコミュニケーションをにとっていくわけですが、ここから講座の本題に近づいていきます。
“ことば”には“話しことば”と“書きことば”があって、そのうち戯曲を書くという事はその“話しことば”を書くという矛盾した作業をしている事になります、と今度は受講生たちを一箇所に集めて永山氏からの講義が始まります。“話しことば”を構成しているのは�，海箸亅�音��身振り手振り、の三つの要素であり、この“話しことば”自体も声の大小や高低、そして間（ま）によって異なる風に伝わっていく･･･と受講生達の反応を確かめつつ、ホワイトボードを使っての講義が続きます。
“話しことば”におけるこの三つの要素の構成比について、永山氏は受講生の予想とは異なる数字を説明しています。これはある学説によるものなのですが、１つ目の“ことば”はわずか7％、次に“音”は38％、最後の“身振り手振り”は55％というように、“話しことば”が人に伝わるには“身振り手振りに”よる率が高い反面、劇作家の仕事である“ことば”によるのは数字的には低い事を説明しています。このことは実際に何気なく体験している事を数値（％）として表しているだけであって、単に“〇〇した”ということばを書いたら人に伝わるのではなく、その声の大きさや間（ま）を伴って状況が伝わるという風におっしゃっています。
そしてこの一連のエクササイズたちは、ことばだけで言うと嘘っぽくなるけれども、ことばなしの動作だけでも伝わることもあったり、変にことばをつける必要がないこともある、そこがただの作家とは異なる劇作家として必要な点であるということを受講生たちに体感させるプロセスであったことが分かりました。そして、このような人間の身体性を意識しながら書くと、ことばだけではない作品が書けるということをおっしゃって稽古場での講義が締めくくられました。
休憩をはさんで、場所は再びセミナールームへ戻ります。また改めて自己紹介をするのですが、今度は他の受講生の自己紹介に別の受講生が創作でその人の自己紹介を付け加えるといったことや、永山氏をモデルにして各自が自己紹介を創作していくといったスタイルなどもとられました。
←それぞれの発言が楽しみな雰囲気。
いくつかの与えられた課題をクリアしていく中で、永山氏は受講生たちに書く為のヒントを与えるような感じで話を進めていきます。せりふは話しことばであり、そのせりふは詩であること。きれいでないことばの間にその人の人間性があること。現実の材料である話しことばを再構成していくことが詩であり、せりふであること。描きたいのはことばにならないものであって、そのことばにならないものをことばにするのだということ。またこの中で、描きたいものの説明をことばで言ってしまうという、陥りやすい危険性についても触れられています。表現についても、みんなが知っているものであっても心の中がザワザワと動く、違う感動を起こさせるものが必要であること。何が正解か、間違いか、なのではなくてどれが楽しいかが重要であり、それは役に立たない（←ヤクニタタナイ戯曲講座）けれども心を動かすものであること。これらを表現する者になることは、周りのベクトルとは違う方向に向かう辛さが伴うこと。これらの話を交えつつ、永山氏から出される課題はステップアップしていきます。
次はホワイトボードに貼られた２枚の写真を見て、各自がビビっときたほうの写真について、この人たちがどういう人であるかを創作して設定するという課題が出されました。人に合わせるのではなく自分の直感を信じて、自分にしか書けないものを書いて欲しいということでした。また、自分にしか書けないものを書くということは、ひいては“自分って何だ？”更には“思いって何だ？”ということに繋がっていくともおっしゃっています。ここで各自の“怒り”や“悲しみ”についての経験を順に述べていくのですが、ことばにならない感情のリアリティが本になる材料であり、自分の中にある経験を表現することが、自分にしか書けないものに辿り着く方法であるということもおっしゃっています。
またいくつかの課題をクリアした後は、予め用意されたせりふを各自創作して書き換えるという課題にトライです。この書き換えられたせりふは受講生がペアを組んで発表します。例えば、
A：わかりました。
B：じゃ、よろしく。
A ：はい。
というせりふが用意されていたものを、ある受講生は、
A：わかりました。
B：じゃ、よろしく。
A：だが断る!!! といった感じに。
文字にしてみると各受講生の皆さんの書いて下さったものの面白さが伝わりにくいかもしれませんが、セミナールーム内も自由な雰囲気で、お互いの書いたものの面白さを楽しんでいる様子でした。
また次のテキストにはチェーホフの作品のト書きがいくつか挙げられており、書き手の視点としてト書きを読むことになりました。ト書きによって、人がいる風景がことばでスケッチされており、ここではチェーホフの視点がどこにあるかということや、書き手が登場人物の中に入ってその気持ちをせりふによって全て代弁してしまうのではなく、客観性を持って書く事の必要性が述べられました。更に視点を一点に据える時に、その登場人物たちの会話が聞こえてきて、それを書き留めるような感覚で書くということもアドバイスされました。
これらのト書きの講義を踏まえて、先程の「用意された写真から設定やせりふを創作する課題」から、「写真を見てそのト書きを創作する課題」へとステップアップします。受講生の皆さんの、考えながらもさらさらとペンを走らせている様子にはさすがだなと感じさせられます。
次回の講座は3週間後ということで、それまでの課題が与えられました。ト書きで風景をことばでスケッチし、その設定のもとにせりふを創作するというものです。この課題の条件は�｜砲判�が登場し、その二人だけがいる風景のト書き（この男女はどんな関係でもOK）�△擦蠅佞�4行、ということです。またこの際に、まずせりふを書いてから、その人物設定を行う方が、それらのせりふが詩になるとアドバイスされています。10本のト書き＆せりふを書いて、そのうち厳選した3本を次回講座の前日までに提出することになり、この日の講座は終了です。
このレポートの最後に永山氏がおっしゃった、“戯曲の魔法”という素敵なフレーズについても触れておきます。この“戯曲の魔法”とは、他のどこにもない自分の中にだけある一枚の絵が戯曲となり、やがてスタッフの手に渡り、そして役者の手に渡り、さらにはたくさんのお客さんたちのもとに渡る･･･つまり戯曲を書くという一粒の種を蒔くと、それがたくさんの人のもとに魔法のように広がっていく･･･ということを表しています。今回の講座は、そういう素敵な種を蒔くことのできるスタート地点だったのです。遠い昔、先人たちが星に導かれて大海原を渡ったように、この受講生の皆さんが永山氏やこの講座を通じて知り合った方々などいろいろなものに導かれて一つの作品を創りあげることができることを楽しみにしています。また今回欠席された受講生の方々に次回お会いできることも楽しみにしています。