北九州芸術劇場が毎年実施している、演劇に関する講座「劇場塾」2007年版サイト。戯曲講座や俳優講座などを実施。
第二回目の今回は初回欠席のお二人も出席のもと、前回の復習からスタートしました。
・せりふは「話しことば」である。
この「話しことば」を構成しているのは［ことば：7％、音：38％、表情や身振り手振り：55％］である。
・せりふは「詩」である。
作家の視点で話しことばを使って再構成していく。
・人間のいる風景をト書きによってスケッチしていく。
この三つのポイントに加えて補足がありました。この補足は平田オリザ氏の著書からの引用とのことでした。「話しことば」には特徴があり、それは�＾貪抔世Δ伴茲蠑辰擦覆き�語順がある、ということです。この語順に関しては、「え〜、あ〜」などのことばが入ることがあったり、言いたいことが前に来るということが例に挙げられています。
例えば文章では「僕は昨日動物園へ行ったよ」という文があるとすれば、それが会話では「昨日行ったよ、動物園に」という言い方や「行ったよ、動物園」という風に言いたいことによって語順を変えて表現できる訳です。ここで作家として必要なことは、他の人とは違う視点を持ちながらも、それを多くの人に納得させることであると永山氏は説明なさっています。
この相反するようにみえる二つのことを両立させる為の例として、宮沢賢治の『どんぐりと山猫』のお話しをなさいました。簡単に言うと、一番ダメなヤツを一番えらいヤツだとしよう、ということが話し合いの中で出てくるという部分なのですが、この感じを元に、「〜なのが一番えらい」「〜であることが一番幸せです」という文の「〜」にあたる所を受講生みんなで考えていきます。
例えば「お金が無いのが幸せである」とするならば、その理由は？受講生はそれぞれのアイディアを発言します。「詐欺に会わなくて済むから」「税金の心配をしなくて済むから」「お金の為に働くということだけに集中できるから」という風に様々な理由が受講生から挙げられる訳ですが、この理由の部分に先ほどの“人とは違う視点で、且つ、多くの人を納得させる”ことが要求されます。
↑前回欠席されても復習で理解しやすく。
以上までが前回の復習と補足で、この後は前回課された宿題の発表が行われました。宿題は�”�景をイメージし、�△修譴鬟判颪�で表現するというものです。それぞれの書いてきた宿題は予めプリントアウトされており、書いてきた本人を含むペアで発表されます。それに対し、各人の受けた印象や、そこには書かれてはいない詳しい設定について意見を出したり、“この部分がいい”“ここはこういう意味かな”という話をしていきます。その際、書いてきた本人に、本当にその文はそういう意味で書いてきたのかという確認などはされません。というのも、“誤読”をするのがおもしろいからです。この“誤読”というのは、間違って読むということではなく、“こうとも受け取れる”という風に読む意味での“誤読”です。
この“誤読”がおもしろい、というのは、正しいか正しくないかではなく、おもしろいかおもしろくないかということに力があるからだと永山氏はおっしゃっています。また、“誤読”ができる余地があるのは、どうして〜になっているのかというなぞがあるわけで、その続きが気になるということが観客を惹きつけるという、なぞの持つ魅力についても触れています。
全ての受講生の文章を読み終えてから、一度休憩をはさみます。前回欠席なさったお二人もきっちり宿題を提出しておられたのはさすがでした。
休憩後は、“せりふは情報である”ということからスタートします。
・せりふを通じて観客は登場人物の背景、職業や家族、性格、思想を知っていく。
・場面の雰囲気＝音としてのせりふから観客は情報を得る。
・せりふから観客は関係の変化を感じとる。
このことから、これらの情報をどのようにして作家は観客に渡すのかということが大切になります。
ここで１人の受講生がある料理をイメージして、その他の受講生がそのイメージされた料理が何であるかを、質問をすることによって当てるというゲームを行いました。
A：ある料理をイメージする。
B：「それを食べるのにスプーンを使う？」
A：「いいえ」
C：「それには肉は入っている？」
A：「いいえ」
D：「それは甘い？」
A：「甘い場合もあるし、甘くないこともある」
このような会話によって、ある人がイメージした物を当てるゲームでした。ちなみにこの答えは卵焼きでした。人の頭の中にあるものを、会話をしていく中で、相手の人自身が情報を獲得して理解するということを実践するものでした。これは、人の頭の中にあるものを直接「〜は○○です」という様に一言で表したり、情況を説明されて受動的に情報を受け取るのではなく、観客自身が想像することで演劇に参加し、人の頭の中にあるものを能動的に獲得してもらう、ということの必要性を理解する為のプロセスでした。さらに、どう観客に参加してもらうかを考えることが、情報を与える方法であるともおっしゃっています。
ここでテキストとして用意された永山氏の文章�イ悄Ａ芦鵑皹併鎧瓩呂�っしゃっていましたが、この講座では永山氏の書き方を教えるのであって、それが全てに通ずるとは限らないと前置きがありました。
まずスケッチを書く。これはフランス語でいうところのコント。小品・短い作品。このイメージは画家がラフ画を書いてキャンバスの中での位置を決める様なもので、ここから作品へと繋がります。
このテキストでは登場人物が消防士であるとは直接述べられてはいませんが、文章を読んだ人は登場人物の一人が消防士であり、その父親が亡くなったことが分かるようになっています。
ここでは早く状況の説明をしたい気持ちがあっても、観客が演劇に参加し情報を獲得して行く道筋を、それが遠回りであったとしても与えることの必要性が説明されています。というのも、ただ演劇の中で状況を説明したのでは、観客はただ演劇を観たというだけであり、体験として感動を持って帰ることはできないからです。つまり人は自分がただ観たことは心に残らずに忘れてしまうが、観客として半分でも演劇の中で起こっていることを体験することによって、観客の心の中に残すことが重要で、それによって感動を持って帰ることができるということです。具体的には、状況を言葉で説明するのではなく、会話によって感じさせ、観客が推測し、推し量ることによって半分くらいはその芝居に参加し、体験させることが必要であるとおっしゃっています。
この実践として“新婚”と“中学校の先生”ということをこの二つの言葉を使わずにAとBの二人による会話を通じて観客に感じ取ってもらえるように会話を作る課題が出されました。10分ほど書く時間が設けられた後に、受講生同士がペアになって発表します。この間、受講生の皆さんは、何度か書き直しながらもさらさらとペンを走らせており、中には早く書き終わって周りを見回す余裕のある方もいらっしゃいました。
次は実際の永山氏の書いた作品のスケッチ（テキスト�Α砲悄�このスケッチの内容は、自給自足の村に、車が故障したことで立ち寄った記者（父の死に際し、急いで帰る途中）という状況で、これらだけが決まっていてその背景は大まかにしか決まっていない段階のスケッチでした。このスケッチを“誤読”することなどによって作品として話が膨らんで行きます。
とりあえず書いてみることからスタートして、後からいらない部分は捨てていく、というスタイルが永山氏のスタイルであって、それとは対照的に細かく設定してから書き始めるというスタイルもあるとの説明もありました。たくさんスケッチ（小品）を書いてそれを繋げたりして進んでいくことには、よい点と悪い点の両方があるが、縛られずに自由に書けるという点で、予め細かく設定をしないこの書き方の利点に触れています。
ではこのスケッチを書く為の手がかり（材料）についてですが、ここで再び平田オリザ氏の演劇理論を引用し、説明がなされました。
↑板書は書いてもすぐ消されます。
・場所について
場所には�．僖屮螢奪��▲札潺僖屮螢奪���プライベートという三つの分類があり、�△離札潺僖屮螢奪�な場所で一番会話が成立しやすい。また��のプライベートな場所は家族でいる茶の間のような所であって、会話は成立しにくい。しかしながらプライベートな空間も他人が入ることによってセミパブリックにもなり得る。この�△鉢�の違いはそれぞれの人が違う情報を持っているということで、ほぼ同じような情報を共有しているであろう家族では会話が成り立ちづらく、別々の情報を持つもの同士が一緒になると会話が起こるという訳です。というわけで場所をどこに設定するかでそのドラマが上手く転がっていくかが左右されると言えます。
・時間について
時間には�仝渋絖�過去�Ｌね茲箸い�三つの分類があり、更に春夏秋冬という分類もある。これもいつに設定するかによってそのドラマを大きく変える材料となります。
・人物について
人物は作者自身の人格・人生が最も表われ易いところであり、頭の中に生まれるイメージを引用して書く。これは今までに作者の経験の中にある人物の引用であったり、実際には存在しなくても小説や映画の中の人物でもよく、このイメージの投影により登場人物が動き出すことになります。
ここで大切なのはその人物の名前。何となく○○と付けてあったとしても、それは無意識で付けていて、名前を付けるとこの人物が動き出す・しゃべりだすということもあると説明されています。
小説ではこの人物の分類が�．侫薀奪肇�ャラクター（平面的）と�▲薀Ε鵐疋�ャラクター（立体的）の二つがあり、例えば『坊ちゃん』のように１つのキャラクターで語られ、喜劇的作品の中で“この人が動くと必ず〜する”という設定のキャラクターがあるが、人間は多面性を持っているのでラウンドキャラクターを書く必要がある。それは自分自身でも分からないある種の狂気を内包している人間であるともおっしゃられています。
・関係について
しばしば、名前を付けることによって、途端にラウンドキャラクターからフラットキャラクターになり、広がりを持たなくなってしまう可能性があり、何となく全体像を見ることがこの場合は必要であるとのことです。
・プロットについて
プロットは「人物の出はけ」。例えば、
��ABがいる
��ABCが入っている
��ACがいる
��Cだけがいるといった形で、時間が進むに従ってここにいる人を述べていく。これを物語の展開として使っていく人もいるとのこと。
・会話について
会話は「話しことば」であり、語順が決まらないと書けない訳ではなく、始めは、はしょっていてもとりあえず書き始めることができます。また会話はスケッチを書き出す前に決まっている必要はなく、このあたりを元にひたすらスケッチを書き、イメージを固めていけばOK。
次は実際にスケッチを書くことへテーマが移ります。スケッチを書く際には、
・モチーフ（書きたいという動機づけ）が必要
ストーリーの四分の三くらいまで進んだ時にぶち当たるであろう、“どうやって話しを終わらせようか…”という壁も、この書きたいものがあるという動機づけによってクリアでき、このモチーフは作者自身のこれまで生きてきた事が反映される場所であり、自身の考えや気持ちを作品として表現してみたいということがモチーフとなります。
またこのモチーフというものは、楽しさよりも怒りや苦しみといった、結論づけられないもの、頭では分かっていても整理のつかないものであり、A=Bという結論をモチーフにすると説教くさくなると説明されています。ではどのようなことをモチーフとするのかというと、“なぜ〇〇は〜なのか”という疑問をモチーフにすることを提案されています。例えば、なぜ人は殺しあうのか？といった答えのはっきりしていないこと・疑問の方がモチーフとして強度が高いとおっしゃっています。
そしてこのモチーフの強さの必要性は2000年ほど前に書かれたであろう「オディプス王」の戯曲で証明されており、モチーフに強度があり、普遍性があるからこそ数千年もの間生き残っているのだとおっしゃっています。つまりこれから受講生のみなさんによって書かれる物語もその人にしか書けないモチーフで、且つ、強度があれば「オディプス王」と同じく、今後数千年も生き残る可能性があるわけです。何でもよいから思いの詰ったモチーフを発見して欲しいということでした。
ここで今回の講座の課題が出されました。テキストを目安に長さは自由で、まず戯曲を書く運動神経（運動神経と表現するのが適当かどうかはわかり兼ねますが、要するに感覚）を鍛える為に、こういう空気を書いてみたいというスケッチを書くことです。10本程度書いた中から3本を提出します。今後完成させる戯曲作品の中のどの部分にあたるかは決めなくてもOK、また設定も飽きたら変えてもよいそうです。しかしながら10本書いたうちの10本全部が違う設定ではなくて、最終的に１つの作品になる為の作業であるので、提出する3本は何となく同じ場所であるようにということです。またこれには2人以上の登場人物がいることが条件で、１つのスケッチの中で設定を例えば“海から山に行きました”という感じに移動させるのではなく、海でこの人達が会話をしたらどうかな？というスケッチを書いてみるということです。また、縦書きで提出する指示がありました。
最後に前回の宿題に対する補足です。肉感、音感といった、言葉を聞いた時に体が動くような感覚が欲しい、とのことでした。きれい過ぎると肉感がなく、例えば方言なら体が何となくムズムズするような感じになるように。せりふは話しことばではありますが、ちょっと文語体にしてみるとか、読み返したときにひっかかるところが欲しいと指摘なさっています。
以上のお話を踏まえて、今回の宿題は次回講座の時に、受講生のみなさんが書いてこられたスケッチをそれぞれが役者さんとしてしゃべってもらう予定です。またその際、永山氏が軽く演出をつける予定です。
またその後、新たに、木下順二作「夕鶴」を読んでくる宿題が出されました。