「人を殺したかしら?」というその奇妙なタイトルの作品の内容は、こんな感じである。
画家であるわたしは、不眠症などに悩まされ、疲れていた。
ある日為替をとりに行った帰りに、ふと制作慾を感じ出したわたしは、Mという家からモデルを呼ぶことにした。
そのモデルは顔は綺麗ではなかったが、体は―殊に胸は立派だった。
彼女に気安さを感じつつも、たまに見せる何かの拍子には目さえ動かさないその姿に、妙な圧迫を感じることもあった。
気乗りがしないというわけではないけれども作業は捗らず、わたしは彼女の威圧を受けている感じが次第に強まっていた。
ある日わたしはこんな夢を見る。(以下抜粋)
わたしはこの部屋のまん中に立ち、片手に彼女を絞め殺そうとしていた。(しかもその夢であることははっきりわたし自身にもわかっていた。)彼女はやや顔を仰向け、やはり何の表情もなしにだんだん目をつぶって行った。同時にまた彼女の乳房はまるまると綺麗にふくらんで行った。それはかすかに静脈を浮かせた、薄光りのしている乳房だった。わたしは彼女を絞め殺すことに何のこだわりも感じなかった。いや、むしろ当然のことを仕遂げる快さに近いものを感じていた。彼女はとうとう目をつぶったまま、いかにも静かに死んだらしかった。――
(以上抜粋)
そんな夢を見た次の日、いくら待ってもモデルはやってこなかった。
そのうちにわたしは、十数年前の出来事―わたしの生活の中に、「わたし自身が少しも知らない時間」があることを思い出させるような出来事を思い出していた。
夢の中でモデルを殺した。
けれどもそれが、夢ではなかったら?
次の日もモデルはやってこなかった。
不安になったわたしは、とうとうMの家を訪ねる。
彼女を訪ねていった往来も、わたしには何ヶ月か前(あるいは何年か前)に見た夢のようにも思えた。
(以下抜粋)
それから先の夢の記憶は少しもわたしには残っていなかった。けれども今何か起れば、それもたちまちその夢の中の出来事になり兼ねない心もちもした。………
(以上抜粋)
その小説はここで終わっている。
つづく
Posted by 藤本瑞樹 at April 5, 2007 10:00 PM
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