2006年03月24日

第5回 『鶴の恩返し』の謎
[3:鶴を折る日々 by 市原幹也]

今回の作品、のこされ劇場≡の「つる 〜あの日飛び去った夕鶴によせて〜」(以下、「つる〜」)は『鶴の恩返し』をベースに作られていると前述しましたが、厳密に言えば『鶴女房』『夕鶴』『鶴の恩返し』という3つの軸を中心にストーリーを構成しています。
まずは、混乱を避けるために3つの関係を、簡単に整理します。

助けた鶴がその恩を返すためにやってくるという、新潟県佐渡島に伝わる民話『鶴女房』を戯曲作家の木下順二氏が採話し、1949年に発表したものが『夕鶴』。
『夕鶴』は青年"よひょう"と鶴の"つう"の愛情と人間本来の欲を描いた作品です。
絵本やアニメで私たちが知る『鶴の恩返し』は、その『夕鶴』という物語が基となっていると言われています。
『鶴の恩返し』は『夕鶴』の主人公・よひょうをおじいさんおばあさんに、愛情の物語を恩返しの物語にと子どもにも分かりやすく変換したもののようです。
(『鶴の恩返し』『夕鶴』の原型とも言える『鶴女房』を読みたい方はこちら=日本語研究者 石崎晶子さんサイト「ことばの畑」より

さて、今回のテーマは「『鶴の恩返し』の謎」。
みなさんが昔から親しんでいるこの物語。
民話だから何が起きても不思議ではないのですが、アタマをひねくってみると不思議な点がいくつかあります。
大きく、ふたつ。

 1. なぜ、鶴と人間が結婚?
 2. なぜ、男は約束を破って機織り部屋を覗いちゃったの?

これらの謎を解くべく、いろいろと調べてみたのですが、これらに「これだ!」という答えは見つかりません。
しかし、物語を分析するのに、以下のようなものにぶちあたりました。
今回の作品と照らし合わせながら紹介してみます。

まず、鶴と人間が結婚するという謎。
このように動物と人とが結婚するという話は、たくさんあります。
ギリシア神話やローマ神話にもその例は見られ、日本でも『鶴女房』をはじめ『狐女房』や『蛤女房』などがあります。
このように人間以外のもの、すなわち動物や妖怪や精霊と人間との婚姻を主題とする説話の総称として「異類婚姻譚」といい、様々な研究と分析が行われています。
くわしく知りたい方、興味のある方は関敬吾氏や三浦佑之氏の著書がおすすめ。

今回の作品「つる〜」では、人間が異界と出会う入り口として、異類婚姻を用いているものと考えています。
「つる〜」では、不思議の国のアリスのように、男が『鶴の恩返し』の物語のなかに迷い込んでしまうという設定を用いています。
今まで出会ったことの無い世界、手に入れたことの無い幸せを手にした男のたどる運命を通して、我々現代人が手に入れた文明とその急激な発達、そして平和というものについてイメージを広げていきたいと思っています。

次に、男が機織り部屋を覗いてしまうという謎。
これに似た説話に「浦島太郎」(Dictionary of Pandaemoniumより)「見るなの座敷」(同)というのがあります。
開けるなと言われた玉手箱をあけてしまったり、見るなと言われた倉を覗いてしまったり。
簡単にまとめると、楽園を手に入れた人間が、タブーを犯すことでその楽園からはじき出されてしまうといった物語。

今回の作品「つる〜」でも、男は『鶴の恩返し』の物語の中で主人公「よひょう」に仕立て上げられていく結末に、このタブーを犯してしまい、物語の世界からはじき出されてしまいます。

さあ、我々が手に入れた現代文明と平和のなかにあるタブーって一体なんなのでしょう。
我々は、すでにそれを犯してしまった?あるいは犯している最中?もしくは繰り返している?
この作品の最後に、数ある答えのうちのひとつがみつかるかもしれません。

さて、『鶴の恩返し』に隠されている謎の答えは得られなくとも、今回の作品の「核」ともなるテーマが見えてきました。
創作テーマに「愛と平和」が掲げられたNext Generation’s Theater 2006に、のこされ劇場≡が、なぜ『鶴の恩返し』をぶつけて来たのか、少しわかってもらえたかもしれません。

ということで次回のテーマは「物語の向こうにあるもの」。
最初に挙げた『鶴女房』をはじめとする3つの物語と、のこされ劇場≡が創る「つる〜」の物語。
それらの狭間にある、またその向こうにある、なにか。
巨大で頑丈なモンスターのようなテーマ「愛と平和」に立ち向かえる武器が見つかるかもしれません。

お楽しみに≡!

Posted by 市原幹也 at 2006年03月24日 23:04